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東京高等裁判所 昭和56年(う)1584号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

原審における未決勾留日数中八〇日を右刑に算入する。

本裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人西嶋勝彦、同藤本齊、同小口克巳及び被告人が提出した各控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官石川弘が提出した答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

弁護人の控訴趣意第二点のうち、法令違反を主張する点について

所論は、要するに、1 原判決は、(罪となるべき事実)第一において、「……(但し同表番号9の場合を除く。)……」と認定判示して、被告人の電話受け行為を摘示していないが、これは、一部無罪の趣旨であるのか、あるいは、「共謀のみの共犯として有罪とした趣旨であるのか、原判決自体からは明らかでないところ、もし、一部無罪の趣旨であるとすれば、その理由が付されていないから、原判決は、刑訴法四四条に違反したことになり、また、「共謀」のみの共同正犯として有罪とした趣旨であるならば、右番号9以外の事実については、すべて被告人の電話受け行為が摘示され、右番号9の事実のみが電話受け行為を摘示していないのであるから、この件については、電話受けなどの行為がなくても共同正犯となし得る程の実質的な共謀への参加があった事実を認定判示すべきであるのに、これをしていない原判決は、刑訴法四四条、三三五条に違反したものというべきである。2 原判決は、(罪となるべき事実)第一、別紙犯罪事実一覧表(一)番号10において、被告人が共謀しただけでなく、電話受け行為をしたことも認定判示したが、右番号10の事実に対応する起訴状記載の公訴事実には、被告人の電話受け行為は一切摘示されていないから、原判決は、起訴されていない事実について有罪と認定して問責した違法を犯したばかりか、証拠に基づかないで、右電話受け行為を認定した違法をも犯したというべきである、というのである。

そこで、検討する。

まず、理由不備について判断するに、刑訴法三七八条四号にいう「判決に理由を付せず」とは、判決自体において、同法四四条一項、三三五条一項が要求する理由の全部もしくは一部を欠いた場合をいい、その存否は、判文自体で判断すべきものと解せられるところ、原判決が、(罪となるべき事実)第一として認定判示するところは、別紙犯罪事実一覧表(一)番号9、10の各事実を含め、右にいう判決の理由をすべて判示しているから、原判決には、刑訴法三七八条四号にいう理由不備はないといわなければならない。所論は、原判決が、(罪となるべき事実)第一の別紙犯罪事実一覧表番号9の事実につき、起訴状記載の公訴事実に、被告人の電話受け行為を摘示しているのに、これを認定判示しなかったのは、一部無罪にした趣旨とも解せられるから、その理由を判示していないのは、理由不備である、と主張するが、被告人の右電話受け行為は、共犯者との共謀による一個の詐欺として起訴された事実の中の犯行加担の具体的な一態様であって、別個の犯罪事実ではないから、原判決が、右電話受け行為を認定判示しなかったからといって、無罪の認定をしたものということはできない。したがって、原判決が無罪の認定をしたことを前提とする右所論は採用できない。また、原判決の(罪となるべき事実)第一の別紙犯罪事実一覧表番号10の事実につき、起訴されていない事実についてまで有罪として問責したと主張する所論の趣旨が、刑訴法三七八条三号後段の「審判の請求を受けない事件について判決した」ことを主張するものであれば、原判決には、右のような違法はないといわなければならない。何故なら、原判決は、昭和五六年三月一六日付起訴状をもって起訴された同起訴状記載の公訴事実について、(罪となるべき事実)第一の別紙犯罪事実一覧表番号10として判示しているからである。原判決が、右起訴状記載の公訴事実に摘示されていない被告人の電話受け行為を認定判示したのは、右電話受け行為が、さきにも述べた如く、共犯者との共謀による一つの詐欺の具体的な犯行加担の一態様にとどまるものであって、もとより別罪を構成するものではないから、「審判の請求を受けない事件について判決した」場合に該らないのは明らかであるといわなければならない。(なお、原判決の右認定が相当であるか否かは、事実誤認の問題として検討されるべき問題である。)したがって、右所論も採用できない。

ところで、検察官は、答弁書において、原判決が、(罪となるべき事実)第一の中で、「……(但し同表番号9の場合を除く。)……」と判示点を、単なる誤記と評価すべきであると主張する。原審記録によれば、原判決の(罪となるべき事実)第一、別紙犯罪事実一覧表番号10の事実に対応する昭和五六年三月一六日付起訴状記載の公訴事実には、被告人の電話受け行為が摘示されていないのに、その余の起訴状記載の公訴事実には、右一覧表番号9に対応するものを含め、すべて被告人の電話受け行為を摘示していることが認められるほか、被告人は、原審において、起訴されたすべての事実を認めたことも明らかであるので、原判決が、(罪となるべき事実)第一の中で、「……(但し同表番号9の場合を除く。)……」と判示したのは、「……(但し同表番号10の場合を除く。)……」と判示すべきところを、誤って右のように記載したものというのが真相であろうと推察できるのである。しかし、通常、判決の誤記といい得るためには、判文の前後関係など、判文自体から誤りであることが明らかな場合をいうのであって、本件における右の場合の如く、起訴状の内容等訴訟記録を調査して、はじめて誤りであることを発見できるような場合にまで拡張することは許されないから、これを単なる誤記と認めて訂正することは許されないというべきである。

原判決が、(罪となるべき事実)第一において、「……(但し同表番号9の場合を除く。)……」と判示した点は、後に、事実誤認の主張に対する判断の項で詳述するとおり、事実を誤認したものといわざるを得ないが、右誤認は、判決に影響を及ぼさないと解すべきであるし(その理由については後述する。)、また、原判決が、(罪となるべき事実)第一、別紙犯罪事実一覧表番号10において、被告人の電話受け行為を認定判示した点については、右事実に対応する昭和五六年三月一六日付起訴状(これによる公訴提起が最初のものである。)記載の公訴事実には、被告人の電話受け行為が明記されていないのに、その後に起訴された起訴状記載の公訴事実にはいずれも、被告人の電話受け行為が摘示されているという如く、一見しただけで、いずれも同様の罪について起訴されているとみられるのに、各公訴事実記載の犯行態様について異なる記載をしたものがある場合であるから、検察官としては、この点を釈明するか、場合によってはその旨の訴因の訂正又は変更を申し立てるべきであり、原裁判所としても、右の手続を経たうえで、審理判決するのが望ましいことというべきであるが、本件においては、被告人は、第一回公判期日において、本起訴の公訴事実に対する陳述として、犯行日とされた昭和五六年二月三日には電話番をしていないと述べて、犯行加担の具体的行為を否認した(もっとも、第二回公判期日で、弁護人を通じ、右否認を撤回し、電話番の事実を認めたことになっている。)ことからもうかがわれるように、被告人としては、本起訴の公訴事実についても、被告人の電話受け行為が含まれていることを承知していたのであるから、原裁判所が、右のような検察官の釈明あるいは、訴因の訂正もしくは、変更手続を経ることなく、(罪となるべき事実)第一、別紙犯罪事実一覧表(一)番号10として、被告人の電話受け行為を認定判示したからといって、被告人の防禦権を実質的に侵したものということはできない。したがって、原審の右訴訟手続に法令違反はないといわなければならない。

以上、いずれの観点からみても、原判決には、所論のいうような法令違反はないといわなければならない。

論旨は理由がない。

被告人の控訴趣意中訴訟手続の法令違反を主張する点及び弁護人の控訴趣意第三点(訴訟手続の法令違反を主張する点)について

所論は、要するに、本件犯行の自白を内容とする被告人の捜査官に対する各供述調書は、被告人が、捜査官(捜査官に利用された西岡茂男を含む。)から再三再四にわたり、執拗に、執行猶予や早期釈放を約束されたり、追起訴をしないなどと約束されたりしたため、これを誤信して、虚偽の供述をしたものであるから、任意性及び信用性のないものである、というのである。

そこで、調査するに、所論のように、被告人の捜査官に対する供述調書の任意性及び信用性を否定する主張は、当審に至って、はじめて主張されたもので、原審においては、被告人はもちろん、原審弁護人からも主張されなかったものであるうえ、当審における被告人の供述によっても、その理由、とりわけ、被告人が原審弁護人に対して右の点に関し何らの説明もしなかったことの理由について、納得のいく合理的な説明がなかったという点に注目すべきであるが、この点はしばらく措くとして、まず、本件の捜査段階において、捜査官側から被告人に対し、執行猶予、あるいは、早期釈放の約束がなされたか否かの点について検討する。

当審証人日向隆三の証言要旨は、

(一)  警視庁大崎警察署の暴力犯係をしていた同証人は、昭和五六年一月下旬ころか同年二月初旬ころ、管内に居住する不動産業者から、「契約しているマンションの持主が、自分の知らないところで、自分の電話をひかれている、といっているが、どうしたらよいか」との相談を受けたのが、本件捜査の端緒となり、捜査の結果、まず、同年二月中旬ころ、玉川隆を逮捕したのをはじめ、続いて鈴木芳昭、松村稔を逮捕し、さらに同月二七日、被告人、西岡茂男、山下能正、穴澤旭の四名を逮捕し、最終的には、右の者等を含めて、九名を逮捕して取り調べたが、未逮捕者については、現在なお捜査を続けている。

(二)  被告人の逮捕被疑事実の要旨は被告人が、西岡茂男、穴澤旭と共謀のうえ、昭和五六年二月三日、東和商事株式会社神田支店から、偽造にかかる健康保険被保険者証を行使して、現金三〇万円を騙取した、というものであって、逮捕状請求の際には、被害者の被害届及び供述調書、穴澤の供述調書等を添付資料とした。

(三)  逮捕された被告人は、右被疑事実を認め、同年三月中旬ころ起訴されたが、同年四月二八日の第一回公判期日で、公訴事実を否認する陳述をしたらしく、翌日右公判立会検察官から日向証人に対し、被告人に供述を変えた理由を聞いて欲しい旨の依頼があったので、日向証人は、被告人に対し、右の理由を尋ねたところ、被告人が、起訴された犯行日の電話番は藤岡が担当し、自分はしたような記憶がなかったから、と答えたので、森田が電話番を休んだ日を確かめたうえ、これを基準に被告人の記憶を喚起したところ、被告人が公判廷において否認した点は、藤岡の休んだ日を一日ずらして記憶していたことに基づく思い違いであったことを自ら確認した。この事情聴取の間、日向証人は、被告人に対して、否認したのはけしからんなどといったことはない。

(四)  その後、捜査が進むにつれ、被告人及び共犯者等による犯行の全容が浮び上がってきたが、被告人のように電話番の役割を担当した者については、まず、サラ金業者から直接現金を騙取する役割を担当したいわゆる「外廻り」の者から、その際、電話番をした者は誰であったかを聞き出したのち、電話番を担当したとされた者にこれを確かめるという取り調べ方法をとり、しかも、電話番をしたとされた者において、それを認めた場合にのみ、当該事実で、電話番担当者をも起訴することとし、これを認めなかった場合には、その事実については起訴しないという捜査方針がとられた。したがって、例えば、昭和五六年一月八日、NSK信販株式会社から、外廻り役の鈴木芳昭が三〇万円を騙取した件については、鈴木の供述によると、その際、電話番をしたのは被告人であったというので、これを被告人に確かめてみると、被告人は、記憶していないといって、他の二名程の女性の名前を挙げたので、その旨の供述調書を作成したが、結局この件について被告人は、起訴されなかった。

(五)  日向証人は、前記のように被告人を取り調べた間、被告人に対して、執行猶予になればいいが、最悪のことも考えておいた方がよいなどといったことはあるが、執行猶予にしてやるとか、すぐに出られるなどといったことはないうえ、被告人の方から、本当に執行猶予になるのかなどと聞かれたこともなかったが、被告人の内縁の夫である西岡茂男は、他の共犯者等から西岡弁護士などと呼ばれて、各共犯者に対し、その処罰に関する予想などを話していたことがあった。

以上のようなものであるところ、右証言内容には、これといって、不自然、不合理な点は見受けられないばかりか、被告人が起訴された事実は、右証言どおり、被告人が捜査官に対し、電話番を担当したことを認めた事実に限られていることなどに徴すれば、右証言の信用性は、充分にこれを認め得るところといわなければならない。

それ故、右証言によれば、被告人を取り調べた捜査官が、被告人に対し、執行猶予になるとか、早期に釈放されるとか、あるいは、追起訴しないなどと約束した事実は、なかったものと認めるべく、これに反する被告人及び西岡茂男の各上申書等(いずれも当審で取り調べたもの。)は措信できないから、右の如き約束のあったことを前提として、被告人の捜査官に対する供述調書の任意性を否定する所論は採用できない。

また、日向証人が証言するような捜査の経緯に加えて、被告人の捜査官に対する供述調書の内容、例えば、被告人が逮捕された当日の司法警察員に対する供述調書、あるいは、昭和五六年三月八日付司法警察員に対する供述調書の内容が、被告人の経歴や西岡茂男との関係、そして本件犯行に関与するようになった経緯について、かなり詳細に供述したものとなっているほか、本件犯行に関与していることの恐ろしさから、自殺を企図したことや、西岡との無理ら心中をはかったことなど、本人でなければ供述し得ない事柄を、その際の心境を含めて縷々供述したものとなっていること、などを併せ考慮すれば、被告人の捜査官に対する供述調書は、いずれもこれを信用できるものということができ、これに反して、虚偽の供述をした旨の被告人の上申書等は措信できないから、被告人の捜査官に対する供述調書は信用性がないと主張する所論もまた採用できない。

論旨は理由がない。

被告人の控訴趣意中事実誤認を主張する点及び弁護人の控訴趣意第一点(事実誤認を主張する点)、第二点のうち事実誤認を主張する点について

所論は、要するに、原判決が、(罪となるべき事実)として認定判示した各事実のうち、被告人が電話受けをしたのは、原判決の別紙犯罪事実一覧表(一)番号4乃至8(昭和五六年二月二日の件)の場合だけであって、その他の場合には、電話受けをする場所にいなかったり、いたとしても、電話受けをしなかったものであるほか、被告人が本件にかかわった事実としては、昭和五六年一年下旬から同年二月上旬にかけて、それまで西岡茂男が走り書きしていた借り入れメモを、同居していた夫である西岡の指示で、大学ノートに整理しただけであって、以上のこと以外に、被告人は、自ら関与して積極的役割を果したことはなく、ただ、同居していた西岡及びその共犯グループの一部を見聞していたに過ぎないから、西岡と本件を共謀したことはなく、したがって被告人が電話受けを担当したことによって、詐欺や偽造有印公文書行使罪の共謀共同正犯とされるいわれはないのに、原判決が、任意性、信用性に欠ける被告人の捜査官に対する供述調書、内容虚偽の西岡茂男の捜査官に対する供述調書(この中の本件犯行組織の実体と被告人の役割に関する部分は、同人が、捜査に協力すれば、被告人を執行猶予にしてやるとの取調官の甘言を盲信してなした内容虚偽の供述部分である。)、内容虚偽の玉川隆等外廻り役の捜査官に対する供述調書(これらのうち、被告人の関与に関する部分は、同人等が捜査に協力して自己の刑責の軽からんことを期待し、電話で応対した人物を確認していないのに、適宜被告人又は藤岡鈴枝らにその役割を振り分けた虚偽の供述をしたものである。)、及び、誰が電話に出たかについて全く記述のない金融業者の答申書に基づいて、(罪となるべき事実)を認定したのは、事実を誤認したものである、というのである。

そこで、調査するに、原判決挙示の関係各証拠によれば、原判決が、(罪となるべき事実)として認定判示するところは、その第一において、「……(但し同表番号9の場合を除く。)……」とある部分を除き、相当として是認できる(もっとも、右に除外した部分は、後述するとおり、事実誤認といわざるを得ないが、判決に影響を及ぼす事実誤認というものではない。)。

所論にかんがみ、原判決が挙示する各証拠の任意性あるいは信用性について検討すると、まず、被告人の原審公判廷における自白は、全く任意になされたもので、これを否定すべき合理的な根拠は全く見出せないばかりか、被告人の捜査官に対する各供述調書の任意性、信用性も、さきに詳述したとおり、これを認めるに充分であり、また、さきに詳述した当審証人日向隆三の証言内容に徴すれば、西岡茂男の捜査官に対する各供述調書中、本件犯行組織の実態及び被告人の役割に関する供述部分のみが、所論主張の如き捜査官の甘言を盲信したための虚偽の供述であるとは認められないところであり(したがって、所論主張に沿う内容の西岡茂男の上申書等は措信できない。)、さらには、外廻り役を担当した山下能正、玉川隆、松村稔、鈴木芳昭、穴澤旭の捜査官に対する各供述調書もまた、内容が虚偽であるとする根拠は、見当らないのであるから、右各証拠の任意性あるいは信用性がない旨の所論は採用できない。そして、右の各証拠を含む原判決挙示の関係各証拠によれば、原判決が、(罪となるべき事実)として認定判示するところは、その第一において、「……(但し同表番号9の場合を除く。)……」と判示した部分を除き、いずれも、これを肯認できるから、事実誤認を主張する所論もまた採用できない。

ところで、原判決が、(罪となるべき事実)第一の別紙犯罪事実一覧表(一)番号9の事実につき、被告人の電話番に関する事実を除外して判示したのは、関係各証拠に照らし、明らかに事実を誤認したものといわざるを得ない。すなわち、被告人の司法警察員に対する昭和五六年五月九日付供述調書及び西岡茂男、玉川隆の捜査官に対する各供述調書によれば、昭和五六年二月三日、株式会社ダイコー八重州支店から現金二〇万円を騙取したときは、西岡が玉川に同行して、右支店近くまで赴いたため、玉川が右支店に入る直前、いつもの例に従えば、外廻り役の本人自身が電話番に対して、これから店に入る旨の予告電話をかけることになっていたのに、たまたま西岡が同行していたので、同人が、右玉川に代って右の予告電話をかけることになり、当日電話番をしていた被告人に対し、これから玉川が笠原忠夫を名乗って入る旨の予告電話をした、というのであって、夫婦同然の被告人と西岡が、互いに電話の声を聞き誤るというようなことは、あり得る筈がないから、このとき電話番をしたのは、明らかに被告人であったということができるのである。したがって、原判決が、(罪となるべき事実)第一の別紙犯罪事実一覧表(一)番号9の事実につき、対応する起訴状記載の公訴事実に、被告人の電話番のことが明記されているのに、前記のような表現形式をもって、これを認定しないと積極的に判示した以上、これは、事実を誤認したものといわざるを得ない。しかしながら、右の事実誤認は、判決に影響を及ぼすものということはできない。何故なら、被告人の捜査官に対する各供述調書及びこれにほぼ符合する内容となっている西岡茂男やその他の共犯者の捜査官に対する各供述調書によれば、少くとも、本件起訴状記載の犯行期間である昭和五五年一一月上旬から昭和五六年二月上旬に至るまでの間、西岡が他の共犯者等と共謀して行った本件を含む一連の偽造有印公文書行使及び詐欺の各犯行につき、被告人もまた共謀共同正犯者の一員であったことが認められるから、被告人が、右犯行のうち、本件で起訴された事実の中で、仮りに電話番を担当しなかったものがあったとしても、その故をもって、共謀共同正犯としての罪責を免れることはできないものというべきところ、そのような場合の罪となるべき事実の判示としては、原判決の(罪となるべき事実)第一、別紙犯罪事実一覧表(一)番号9のような判示となる筈であり、また、共謀者の一員が具体的な犯行加担の一態様である電話受け行為を担当したのに、その事実を判示しない場合も右と同様の判示内容となり、かつ、これをもって、罪となるべき事実としての判示に欠けるところはないということができるからである。

そこで進んで、被告人が、本件における共謀共同正犯者の一員であったと認め得る理由について述べることとする。

被告人の司法警察員に対する昭和五六年二月二七日付供述調書によると、被告人は、逮捕された当日、司法警察員の取り調べに対し、簡単な経歴や家族関係、西岡茂男との関係などを供述したあと、逮捕状の被疑事実(本起訴の公訴事実、したがって、これに対応する原判決の別紙犯罪事実一覧表(一)番号10の事実と同旨のもの)に関して、やや詳細に自白をしたことが認められるほか、さらに、司法警察員に対する昭和五六年三月八日付供述調書の中で、本件犯行に加担するに至った経過や加担状況などについて、大要次のように供述しているのである。すなわち、

(一)  被告人は、昭和五四年八月ころから、西岡茂男が金沢市内で営んでいた小さな焼肉屋を手伝っているうち、同年一〇月ころから妻子のある同人と関係をもつようになり、やがて、同人によって、合計六〇万円にものぼる被告人や母親の預金を費消されたばかりか、昭和五五年三月ころ、新たな焼肉屋を開店するため借り入れた一五〇万円の債務や、被告人振出名義の約束手形を西岡に乱発されたことによって生じた多額の債務の支払いを怠ったため、債権者に店まで押しかけられるようになって営業もできない有様となり、同年六月中旬ころ、西岡とともに金沢市を夜逃げ同然に逃げ出し、西岡が知っているという浦和市に住む飯田守泰を頼って行き、浦和市内で一泊して一旦金沢市に戻ったが、二、三日後に、再び西岡とともに飯田方に赴き、それまで、同人方に同居していた北村瑞郎とその内妻藤岡鈴枝が飯田方を出てくれたので、同人方に同居することになった。

(二)  翌日、西岡に連れられて東京都内国電田町駅近くの喫茶店に赴いたところ、そこには飯田、北村、内山がいて、西岡を加えた男四人で何事かを話し合っていたが、その内容は判らなかった。

(三)  その二、三日後、飯田方で、西岡が、「今日は出かけてくるけど、横田さんのお宅ですかと電話があったら、ハイと適当に応待してくれ。」といい残して、飯田とともに外出したので、不審に思っていたところ、電話が二、三度あり、これに応待した被告人のいうことと相手の話がくい違ったりしたため相手方から途中で切られてしまったことがあった。それで、その二、三日後に、西岡に右のことを問いただしたところ、同人は、「北村のサカワが倒産しそうなので、俺達が偽名でサラ金から借り廻っている。これで金沢の借金も返せるから、一つ頼む。」といわれ、詐欺をしているのではないかと思い、自分もその一員になっていることが恐ろしくなり、逃げ出そうかとも考えたが、女一人ではどうすることもできないし、二五〇〇万円の生命保険をかけていたことから、自殺をしようと考え、マンションの四階ベランダから飛び降りようとしたとき西岡に引きとめられて果せなかった。そしていろいろと考えた結果、金沢に帰っても借金に追い廻わされるし、さればといって未知の東京で一人で生きて行く自信もなかったので、かくなるうえは、どんなことがあっても西岡を頼って生きるしかないとの結論に達し、飯田方にいる間、詐欺を承知で電話番をしていた。

(四)  飯田方には約二週間滞在し、その後、西岡とともに、国電浜松町駅近くのイトーピア浜離宮マンションに移ったが、前同様、西岡が外廻り役、自分が電話番を担当して、サラ金業者からの詐欺を続け、北村、内山久男も西岡に同行していた。

(五)  昭和五五年九月ころから、藤岡鈴枝、内山久男も外廻りをするようになり、次々と金をとってくるので不安になってきた。被告人は、西岡の依頼で、同人等がサラ金業者からとってくる金について、サラ金業者名や金額及びその際外廻り役が借主として使用した氏名や住所等を、毎日大学ノートに記帳して計算をしていたが、同年一〇月中旬になると、その合計金額が、一〇〇〇万円を超えるようになったため、大変なことになると思い、かくなるうえは、西岡を殺して自分も死のうと考え、浜離宮マンションの居室で寝ていた西岡に包丁を突きつけたが、同人によけられたので、自分一人で死のうと思い直して、右包丁を左胸に突き刺したところ、西岡に包丁を取り上げられてしまった。その際、西岡は、「すぐにでも電話番をする女の人を探すから、それまで我慢してくれ。人が見つかったらお前を電話に出さない。お前一人を死なせない。死ぬときは二人一緒に死のう。」といったので、自殺を思いとどまり、西岡についていくことを決意した。

(六)  その後間もなく、新宿区須賀町に移り住んだが、西岡のサラ金廻りは続いたため前同様に電話番をしていた。しかし、内山が、新宿区内にアパートを借り、同所で雇い入れたアルバイトの女性や藤岡鈴枝に電話番を担当させるようになったので、被告人は、同女等に電話番をまかせ、同女等が休んだりしたときに、電話番を手伝えばよいことになった。

(七)  昭和五五年一一月ころ、大阪からきた松村稔が犯行グループに仲間入りし、さらに山下能正も加わった。このころから、西岡等は、都内の何か所かに、アパートの部屋を借り受け、これらを電話受けをする場所として、大々的にサラ金からの詐欺をはじめ、同年一二月に入ると村山、次いで田中、翌年一月になると、玉川隆、鈴木芳昭、高橋、田村、古川、前田、穴澤旭らが仲間に加わり、外廻り役を担当した。電話番のアルバイトとしては女四人、男一人がいた。

以上のように供述し、さらに、被告人の検察官に対する同年三月一二日付供述調書の中でも、ほぼ右供述と同旨の供述をしているほか、西岡が偽造した健康保険被保険者証を使用していることを知ったのは、昭和五五年八月ころであったこと、西岡は、サラ金業者に顔が知られるようになったといって、同年一一月ころから外廻り役をやめ、他の仲間にさせるようになったこと、及び、被告人が電話番をした回数は、四、五〇回位になること、などを供述しているのである。

右の供述経過並びに供述内容に徴すると、被告人は、逮捕勾留された初期の段階において、逮捕状、勾留状記載の被疑事実について自白したほか、西岡等が敢行したサラ金業者からの詐欺事件のほぼ全容とこれにかかわるようになった経緯及び関与の態様についても、かなり具体的に供述したことが明らかであるのみならず、右供述内容には、自殺未遂や心中未遂などに関する供述の如く、被告人及び西岡でなければ知ることのできない事実や、被告人でなければ供述することのできない右の自殺などをはかった際の心境などに関する供述も含まれているうえ、右供述内容は、西岡及びその他の共犯者の捜査官に対する各供述調書の内容とも、大筋の点で符合するものとなっているから、これを信用するに足るものといい得るところ、右供述内容によれば、被告人は、西岡等がサラ金業者からの詐欺を実行しはじめた当初の段階から、犯行仲間に引きずり込まれ、これを詐欺だと気付いて自殺を企図したり、あるいは西岡にやめてくれるよう頼んだりしたことがあったものの、少くとも無理心中をはかり、これが失敗したうえ、一人で死のうとしたことも西岡にとめられ、結局死ぬことを思いとどまったのちにおいては、西岡等犯行グループの一員となって、時には電話番という犯行を遂げるうえで不可欠な役割を担当したものであることが認められるから、右犯行における共謀者の一人であったということができる。

したがって、被告人は、本件で起訴された事実について、仮りに電話番をしていない事実があったとしても(もっとも、本件で起訴された事実全部について、被告人が電話番の役割を担当したことはさきに説示したとおりである。)、共謀共同正犯としての罪責を免れないものといわなければならないから、起訴された事実全部について、有罪の認定をした原判決には、事実誤認はないというべきである。

論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第四点(量刑不当を主張する点)について

所論は、要するに、被告人を懲役二年の実刑に処した原判決の量刑は、不当に重く、刑の執行を猶予されたい、というのである。

そこで、調査するに、本件は、被告人は、(一)原判決別紙犯罪事実一覧表(一)の共犯者欄記載の西岡茂男、松村稔、玉川隆、山下能正、穴澤旭、鈴木芳昭と共謀のうえ、同表記載のとおり、昭和五五年一一月二六日から昭和五六年二月五日までの間、前後一三回にわたり、株式会社ユニ蒲田店ほか一二か所の金融業者の各営業所において、右松村稔以下の実行行為者が、右金融業者の従業員岩切和ほか一二名に対し、偽造にかかる東京都港社会保険事務所作成名義の健康保険被保険者証各一通を真正に成立したもののように装って提示して、偽造有印公文書を行使するとともに、各健康保険被保険者証の被保険者になりすまして、一〇万円乃至五〇万円の借用方を申し入れ、右岩切等従業員が、その場で、各実行行為者の申し立てる身分事項を、申し立てた電話番号によって確認するために電話をかけた際、被告人において、右各健康保険被保険者証記載の架空の被保険者の妻になりすまして、応答をなし、右岩切等をして、いずれも提示された各健康保険被保険者証が真正なものであり、かつ、右各実行行為者が実在の事業所に勤務する被保険者で実在の人物に間違いないものと誤信させ、よってその場で、右岩切等から借用名下に現金合計三五五万円の交付を受けて騙取し、(二)原判決別紙犯罪事実一覧表(二)の共犯者欄記載の西岡茂男、松村稔、鈴木芳昭、玉川隆と共謀のうえ、同表記載のとおり、昭和五五年一一月二六日から昭和五六年一月一九日までの間、前後七回にわたり、武富士蒲田店ほか六か所の金融業者の営業所において、各実行行為者が、右金融業者の従業員小笠原隆ほか六名に対し、いずれも、他人の身分証明書、給与明細書などを示してその人物になりすまし、一〇万円乃至五〇万円の借用方を申し入れ、右小笠原等が、その場で、各実行行為者の申し立てる身分事項を、申し立てた電話番号により確認するために電話をかけた際、いずれも被告人において、右借用申込名義人の妻になりすまして、応答をなし、右小笠原等をして、右各実行行為者が申し立てた身分どおりの人物に間違いないものと誤信させ、よって、その場で右小笠原等から借用名下に現金合計二六〇万円を騙取した、という事案であって、その犯行態様は、組織的、計画的かつ巧妙であって、悪質なものといわなければならないうえ、被告人の果した電話番という役割は、本件犯行を遂行するうえで不可欠なものであったことなどにかんがみると、被告人の刑責は重いといわなければならず、加えて、なんらの弁償もしていないことを併せ考慮すれば、被告人を懲役二年の実刑に処した原判決の量刑は、首肯できないわけではない。

しかしながら、被告人が本件犯行に加担するに至った経緯には、さきにも若干触れた如く、同情し得る余地もないではないこと、すなわち、被告人は、親密な関係を結ぶに及んだ西岡茂男のため、金沢市内で多額の借財を作る結果となり、その返済に窮して、西岡ともども夜逃げ同然に金沢を逃げ出して以来、西岡と行動を共にするうち、いつしか、西岡の企図したサラ金業者からの詐欺行為に加担する破目に陥り、これが詐欺だと気付いて、思い悩んだ挙句、自殺をはかったりしたが、結局は、西岡について行くしかないと考えて、本件犯行に加担するに及んだものであって、この経緯には、同情し得る余地がないではないうえ、犯行加担の態度にもやや消極的な面がみられること、被告人には、なんらの前科前歴がないうえ、本件については、一部事実を否認しているものの、全体としては、反省の態度もうかがわれ、再犯のおそれもないと認められること、他方、金沢市には、病弱な老母と育ち盛りの子供二人が、被告人の帰りをひたすら待ち望んでいること、加えて、被告人は、逮捕されて以来現在に至るまでの間、約一年以上も身柄を拘束されていること、被告人と同様に電話番により西岡茂男の詐欺の犯行に加担した藤岡鈴枝に対し、第一審の懲役一年八月の実刑判決が控訴審において破棄され、懲役一年八月、執行猶予四年の判決がなされていることなどの事情を併せ勘案すれば、被告人を懲役二年の実刑に処した原判決の量刑は、重きに過ぎ、刑の執行を猶予するのが相当であると思料される。

論旨は理由がある。

よって、刑訴法三九七条、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により自判する。

原判決が認定した事実((但し原判示第一で、(但し同表番号9の場合を除く。)と判示した部分を削除する。))に、原判決がしたのと同じ適条、科刑上一罪及び併合罪の処理をした刑期範囲内で被告人を懲役二年に処し、刑法二一条により原審における未決勾留日数中八〇日を右刑に算入し、同法二五条一項により本裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予し、刑訴法一八一条一項但書により原審及び当審における訴訟費用の全部を被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 船田三雄 裁判官 櫛淵理 門馬良夫)

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